ウンチクより、愛情を大事にしたい

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落ち葉の落ちたアスファルトと革靴を撮影した様子

僕は、どうやら物事を深く掘り下げて、極めていくタイプじゃないようだ。15年間もファッション業界にいたけど、洋服の知識が驚くほど蓄積されてないんだよなぁ。

「このディテールはどうたらでー」とか「これは◯◯年代のなんたらでー」とか、よくウンチクを語る人がいるけど、ただただ感嘆する。立ち上がって拍手したくなる。そんな広く深い知識を、湧き出す泉のように話す人たちに、憧れの眼差しを向けることあった。

でも結局、自分は業界人として最低限の知識しか身に付いていない。じゃあ、業界15年、愛好家歴25年の自分は、これまで何をやってきたんだ?っていう話になる。

結論から言うと、『自分は超感覚人間』なのである。「この生地ゴツゴツして長く着られそう」「この服着たらなんかテンション上がりそうだなぁ」とか、『なんかいい感じ』という理由だけで服を選んでいる。もし、自分の服の哲学のようなもの話す機会あったとしても、小学生のような言葉でしか語れない。(小学生を馬鹿にしているわけじゃないよ)

いつどこで製造されたとか、ヴィンテージとしての価値とかはあんまり気にしない。その代わり、作り手の想いとか、そのブランドにしか出せない『アジ』みたいなものを大切にする。とにかく、自分の感情を揺さぶられるものへのアンテナは、いつだってビンビンに反応している。

たぶん、ウンチク好きだったら知識も自然と身についていたんだろうなぁ。単純に、自分にとってそれは必要なかったってというだけ。何も知らないことへの後ろめたさは多少ある。25年も愛好しているんだもん。そんじょそこらの気持ちじゃ、ここまで長く洋服への偏愛は続かないはずだ。

そういえば「なぜ?」を5回くらい問いかけて、物事を深掘りしたらいいと聞いて何度も試してみたけど、やっぱり続定着しなかった。まぁ、自分に無理してやる必要もないか。心が反応してないんだから。
炭鉱で働く人なら深く掘れないと論外だけど、僕はどうやらそうじゃないみたいだ。

知識はない。でも、愛はある。それでいい……自分は。

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