いま思えば、自分の隠れ家に逃げ込んでいたのかもしれないなぁ。僕は、20代の頃から暇さえあればネットやフリマアプリで欲しい服を探していた。仕事の休み時間や通勤電車の中、帰宅してからもずっと。アパレルの販売員時代(20代前半)の頃だったか、父親から「しかし、お前ずっとネットで洋服ばかり見てるな!」とツッコミを入れられたことを、なぜかいまだに覚えている。40代になるまで、そんなふうにどれほどの時間を浪費してきたかを考えるとゾッとする。
僕は幼い頃、親に叱られると部屋に引きこもるか、家を飛び出して廃品回収待ちの段ボールを庭に敷いていじけていた。良く考えると、大人になってネットを見てしまうのは、幼少期にやっていた引きこもりが別の形で表れているのかもなぁ……と、ふと思った。
社会人になってからずっと、どんな仕事をしても「自分の居場所じゃない」という感覚が付きまとっている。そもそも本気で仕事をした記憶すらないような。接客してもうまく喋れないし、同僚ともまともにコミュニケーションが取れない。不得意なことばかりなのに、克服できないまま逃げてしまう。そんな、できないことづくめの自分が心底嫌になってばかりだった。そんな時でもネットで服を見ているだけで、できない自分を忘れられた。昔よく逃げ込んだ段ボールの秘密基地みたいに。
自分だけのファッションを追求して、表現できれば誰にも負けない。「自分にはこれがあるから!」と半べそになりながら、叫び続けていたんだろうなぁ。「わかるよ!何かに縋っていないとやってられなかったんだもんね。」自分にとって洋服はただの趣味や着飾るものなんかではなく、自分が自分であるための拠り所だったんだなぁ。
42歳の気付き。ネットに執着せざるを得なかった理由
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