オーダーメイドの生き方で

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ラックに掛かった複数のジャケットを撮影した様子

最近つくづく思う。世の中にあふれる「正解」や「成功法則」は、自分には当てはまらないことが多いなって。
もちろん、科学的事実や社会のルールは否定しないけれど、僕という人間には応用できないことがたくさんある。

たとえば、「朝一番のスマホは良くない」という説がある。朝のインプットが一日を左右するらしい。 僕は一度それを信じてやめてみたけれど、結局、何の効果も実感できなかった。今は、まだ日が登らない暗闇の寝室で、眠い目をこすりながらスマホを見る。SNSやニュースから得た気づきを言語化する方が、僕にはずっと役に立っているようん思う。一概に何かが悪いなんて、誰にも決められないんだよなぁ。

これまで、自分を磨こうと自己啓発本を読み漁り、情報商材に手を出し、猛烈なインプットを繰り返した時期もあった。その瞬間は触発されて動けるのだけれど、せいぜい4、5日もすれば元の自分に戻ってしまう。

「本質を抽出して応用する」なんてことができれば話が別なのかもしれないけど、自分はそんなに頭も良くないし、器用なタイプでもない。結局、人の言葉をそのまま自分に当てはめようとしても、どこかで無理が生じるのだ。

結婚をして、子供を作り、少し大きめの車を買って、家を建てる。 それが「みんなの幸せ」だと疑わずに、僕はそのレールに乗ってきた。親や同僚、周囲に対しても「どうだ、立派だろう」と言わんばかりの気持ちがあったのも事実だ。

でも、適応障害になった。

「どうして?」ってなった。誰かのせいにもしたくもなった。今家族といる時間が幸せなのは間違いない。でも何かが欠けている感じがする。その欠けたピースを外側でいくら探しても、どこにも落ちていない。 それは自分の中にしかないものだったんだなぁ、と今さらながらに気づいたのだ。

自分は繊細で、正直で、不器用で、他人軸で、社交性がない人間だ。 そんな僕に合う既製品の人生なんて、どこにも売っていなかった。それだと、肩幅が窮屈で、首がつまって苦しくて、なんだか着心地も悪い。

結局、自分にぴったりの「オーダーメイドな生き方」を、自分自身で仕立てていくしかないんだなぁ。そのための手がかりを探して、僕は今、こうやって言葉にしてる。

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