興味がないから意見が言えないんだ

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鏡に映り込んだ洋服が掛かったラック

自分の意見が言えない。僕が長年抱え続けてきたコンプレックス。家族との何気ない会話から、「オレ全然意見していないやん」という自分否定が顔を出した。過去に意見できなかった自分を思い返して、ちょっと嫌な気持ちになっているなぁ。

我が家では、夕食に何を食べるか、どこに出掛けるかを決める時、自分以外の意見が採用されることが多い。僕は、妻や息子の提案した意見に乗っかるケースがほとんどだ。たぶん、自分の発言を否定されたり、受け入れられなかったりして「価値がない人間」と思われたくないから。 それは場所を問わず、会社の会議でも、一言も発せない情けなさで泣きたくなったこともあったなぁ。会議が終わってから、「自分はこんなこと考えていたんだぜ!」とか「会議がつまらなかったから、自分が出る幕がなかっただけだ」とか負け惜しみをして、その情けない自分を必死に隠そうとしていた。

あと、とあるコミュニティでの30人規模のZoomミーティングは辛かったなぁ。大勢の前で突然一人ずつ意見を求められる状況は、意見が言えない僕にとっては、地獄のような時間だった。よく「会議で発言しないやつは参加する意義がない」なんて言われるけれど、人一倍惨めさを感じてしまう自分がいる。そんな自分を改善しようと、自己啓発本を読んでスキルを身につけたり、頑張って打ち合わせに参加する意欲を出してみたりしたけれど、気休めな気がして大した解決策にはならなかった。

意見が言えないことに死ぬほど悩み、自分を否定しまくっていた会社員時代を経て、今思うことがある。 そもそも、自分に「意見がない」って本当なのかなぁ? 好きな洋服や音楽のこと、自分の本質とつながっていることなど、興味があることに関しては、意見している気がする。むしろ「もうやめとけ」って自分に言い聞かせるほど、喋り過ぎてしまうくらい。

結局、意見がないんじゃなくて、その物事に興味がないだけなんだと思う。興味がないことに、自分の意見もへったくれもないよなぁ。 だから、仕事は本気で興味があることをするべきだと思う。家族との予定は、意見が思いつかないなら今まで通りそれを許した上で人の意見に乗っかってかもいいのかも。「自分の出る幕じゃない」と割り切って、人の意見に乗っかる自分を、今は面白がってみたい。

意見を言えない情けなさを必死に隠そうとしていた頃より、今の「意見がない空っぽな自分」の方が、ずっと僕らしい気がする。無理にバランスを取ろうなんて思わなくていい。興味がないことに沈黙し、愛する服のことだけを熱く語る。そんな極端で不器用な自分のままでいいのかもなぁ。

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