人間だもの。うまくいかない日もある

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ラックに掛けられた白いシャツやTシャツの様子

ここ数日、朝のジャーナリングでも、ここでエッセイを書くときでも、なぜか感情が湧き出てこない。感度が鈍っている感じだ。ほとばしる感情を言語化して、無心でノートに書き殴り、キーボードを叩きたい。それが理想だけど、そうなれない今の自分に失望している。

現在、1月中に100本の記事を完成させるという目標に向かって書き溜めている。けれど、その目標が、足かせになっている気がしてならない。昔から、ノルマが設定されたり欲が出すぎたりすると、一気に冷めてしまうタイプだ。そんな思考に頭が支配されると、「自分らしさ」が奥に引っ込んで、外に出てこれなくなる。

義務感や焦りで、自分の本音がわからなくなっている時の嫌な記憶が蘇る。吃って声が出ない時のように、スムーズに言葉がスムーズに出てこない。何かに支配された状態では、感じたことを正直に綴るという自分の持ち味が死んでしまう。だからといって、無理に新しいものを詰め込んだり、自分のお尻を叩いてたりしても、状況は決して改善しないのだ。

言葉にできない日もある。そのことをただ受け入れることが、今の状態を抜け出す近道なんだと思う。「何かしなきゃ」という焦りをグッとこらえて。そうすれば、明日にはまた本音の言葉が溢れ出してくるかもしれない。

僕は血の通った人間だ。AIのように、いつでも一定の出力ができる安定感はない。昨日まで満たされていたのに、次の日には絶望の淵にいる、そんな感情の浮き沈みは日常茶飯事だ。

その日の出来栄えだけで、自分をジャッジするから苦しくなる。最初から、自分を完璧にコントロールすることなんて無理な話なんだ。生きてりゃ、ワクワクやドロドロもあって当たり前。

納得できないという理由だけで、洋服を勢いで手放し続けてきたことを少し反省した。 素材やデザインがいい服も、そうでない服も、あれこれ混ざり合って、僕のクローゼットは満たされていくんだなぁ。

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