何者かになろうとするから、苦しくなるんだろうなぁ。
僕は自分の理想をずっと探して、彷徨い続けていたのかもしれない。到達できるはずのない、遠い遠い理想のゴールに向かって。
10万円以上もしたイギリス製の革靴がそうだった。この一足さえあれば「史上最高の自分になれる」と信じて手に入れても、すぐにまた別の靴が欲しくなる。「あの靴があれば、より理想の自分に近づけるはずだ」と。終わりのない負の物欲サイクルを、僕は何度も繰り返してきた。
そんな状態の僕は、どんなに人に褒められても素直になれなかった。「まだまだです」とか「そんなお世辞でしょう」と軽く受け流してしまう。常に完璧主義のフィルターを通して自分を見ていたから、合格点なんてひとつも出せなかったんだよなぁ。もっと素直に受け取れていたら、もう少し早く自分を好きになれていたのかもしれない。
何者かになること。それが幻想であることを、そろそろ受け入れるべきなのだろう。仕事に追われて我が子の成長に気づけない親みたいに、僕は「今の自分」という一番大切な存在を見過ごしてしまっていた。
そんな僕に今できること。それは幻想ではなく、現実に目を向けることなんだろう。 また何者かになりたくなって、苦しくなる日が来るかもしれない。けれど、もう「無いものねだり」はやめよう。すでに自分の中にあるものを、きちんと受け取ってあげたいなぁと思う。
これまで、たくさん幻想を見続けてきた。 けれど、そのおかげでファッションへの感性や、独自の愉しみ方という哲学を手にすることができた。だから、あの彷徨った時間は無駄でもないし、後悔することもない。
これからは、自分自身のことを我が子のように、優しく丁寧に見守ってあげたい。それが、僕が本当に成長していくための、唯一の道なのかもしれないな。
なんてことを思いつつも、メルカリで「いい靴ないかな」って探している自分がいる。どうしようもないけど、人は急には変われない。まっ、ちょっとずつ変わっていければいっか。

